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[引退] 渡辺光輝、J1通算177試合19得点(前編)

引退か…

うまく言葉が見つからない。
だが、一度彼について書き始めると、確実にウルトラ長文になるだろう(笑

簡潔に述べるならば。
私にとって、最も付き合いの古く長い“戦友”だった、と思う。
敵対する時期もあったものの、共に死線を越え、
勝利の美酒と敗北の苦杯を分け合ってきた。
好き・嫌いの概念を超えた、腐れ縁。特別な選手だったのだ。

もう二度と、右サイドを駆け上がる光輝の姿を、見る事は叶わない。

選手の去就に対し、あまりウェットになっても仕方ない。それは判ってる。
判ってはいるが…

今夜は飲みたい気分だ。

……で、酔った勢いでダラダラと想い出話を始めてみるわけで

■1998/03/28
西野朗をヘッドコーチから監督に昇格させ、迎えた新シーズン、
柏レイソルは出だしからコケた。J開幕から2試合で得点数は0。勝ち点は1。

第3節・札幌戦も先制点を奪われ、苦しい状況の中。
同点弾を決めたのは、2年目にして右アウトサイドに抜擢されていた光輝だった。
今季、チーム初にして、本人にとっても西野監督にとってもJリーグ初となる
記念すべきゴールとなったのである。

日立台のG裏左手にいた自分も、真正面でしかと目撃した。
サイドからボックス内に斬り込み、大野のスルーパスを受けるミツの姿を。

光輝といえば早大のアシスト王。クロスの精度が評価される事が多かったが、
(いや、ガンバサポの皆様、柏時代はそうだったのよ)
最大の武器はこの時のように、フリーランでペナ角辺りからダイアゴナルに
中へと侵入してくるプレーだったと思う。
MFにしては決定力を持ち、ヘディングの技術も高い(セットプレーでも脅威)。
加藤や大野など、周りもそれをよく判っていて、この形で幾度もゴールを決めた。
(このプレー、ガンバでは本人の衰えやら戦術的差異もあり、殆ど見られなかった
のが今でも残念。フェルなんかどフリーでも全然パス出さねーしな!)

その後、それまでのレギュラーだった沢田謙太郎や、生え抜きの酒井直樹と
ポジション争いをしながら、監督の信頼を得、地歩を固めていくことになる。
サポーターは「早稲田の後輩をエコヒイキしやがって」と非難轟々だったが…。

■1999/10/06
主に左サイドで猛威を振るったストイチコフが退団し、迎えた99年2ndステージ。
西野監督は両アウトサイドをそれまでの酒井・片野坂から、
よりバランスのとれた渡辺光・平山の組み合わせに変えて臨んだ。

当然、ユースからの生え抜きであり、A代表の経験もある酒井が
可愛くて仕方のない柏サポーター達にとっては面白くない話である。
サポという思い上がった生き物の不公正・理不尽さを象徴するように、
この時期、光輝への風当たりは日増しに強くなっていった。(主にネットで)

しかし、陰口叩かれながらも、試合ではそれなりの結果を出し続ける。
鹿島、浦和、平塚、V川崎戦と、得点&アシストを重ね、勝利に貢献。
そしてクライマックスは秋。名古屋とのナビスコ杯準決勝・第2戦。
チームを初のファイナルに導く延長Vゴールを、ホームに集うサポの眼前で
叩き込んだのは紛れもなく光輝その人であった。

ちなみに私、上記の試合は全て現地で生観戦している。
柏の葉で、駒場で、等々力で、日立台で。
勝利の美酒を、何度、光輝(と柏の選手達)に注いでもらった事だろう。
忘れ得ぬ日々。柏と袂を分かった今なれば、尚更そう思える。

(つづく…)

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